大名が欲しがっていた稲葉郷
郷とお化けは見たことがない
稲葉郷
「天正十三 十二月 日 江 本阿弥磨上之(花押)所持稲葉勘右衛門尉」の金象嵌銘 現在は個人蔵 国宝 郷義弘(ごうのよしひろ)は南北朝時代の越中の刀工。若くして夭折した。越中国松倉郷の人で、「郷」または「江」と通称する。 相州正宗、粟田口吉光と共に「天下三作」と呼ばれるほど珍重され、各大名はこぞって手に入れたがった。「郷とお化けは見たことがない」といわれる。
中世の時代区分
日本における南北朝時代(なんぼくちょうじだい)とは、中世の時代区分の1つである。 一般的には鎌倉時代の後で、元弘の変や建武の新政も南北朝時代の事件として含まれる。正確には、1336年(延元元年/建武3年)に足利尊氏による光明天皇の践祚、後醍醐天皇の吉野転居により天皇王朝が分裂してから、1392年(元中9年/明徳3年)に両王朝が合一するまでの時代を指し、室町時代の初期に当たる。 この時代の天皇王朝には、南朝(大和国吉野行宮)と北朝(山城国平安京)に2つの王朝が存在し、それぞれ正統性を主張した。南朝を正統とする論者は「吉野朝時代」と称する(→南北朝正閏論)。
室町末期の押形集
鎌倉末期の刀工。越中(富山県)婦負郡松倉郷に住したため郷の義弘といわれた。相州正宗の弟子となり,鎌倉に下り,のち越中に戻ったと伝える。作品は太刀がほとんどで,室町末期の押形集である『往昔抄』には短刀も載せている。作風は直刃を基調とした大和風のものと湾れ調に沸が深くついた独自のものとの二様があるが,鍛えはいずれも精美である。しかし在銘作は1点もなく,すべて磨き上げられて無銘となっている。秀吉のころには各大名に賞用され,江戸時代でも享保年間(1716〜36)に編録された『享保名物帖』には正宗,粟田口吉光とともに三作として多く掲載されている。<参考文献>本間順治『相州伝名作集』
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